人件費30%以内の「落とし穴」。原価率改善で利益が消えた居酒屋の話
人件費30%の罠にはまった駅前居酒屋の末路
「人件費は売上の30%以内に抑えるべき」。
飲食店経営の常識として語られるこの数字を、愚直に守り続けた結果、倒産の危機に陥った店がある。
駅前で15年続く老舗居酒屋(38席)の店長は、毎月エクセルで人件費率を計算し、30%を1ポイントでも超えれば翌月のシフトを削っていた。確かに人件費は目標値内。原価率も28%と理想的。それなのに、なぜか手元にお金が残らない。
なぜ「適正な」数字でも利益が出ないのか
ある経営コンサルタントが、この居酒屋の帳簿を詳しく分析してみると、驚くべき事実が浮かび上がった。
人件費30%、原価率28%。教科書通りの数字なのに、営業利益率はわずか3%。同規模の居酒屋の平均8%を大きく下回っていた。
問題は「見えないコスト」の存在だった。人件費を削りすぎたことで、以下のような隠れたコストが膨らんでいたのだ。
・料理の提供時間が平均12分→18分に悪化 ・ホールスタッフ不足で注文の取りこぼしが月15万円分発生 ・疲弊したスタッフの離職で、年間採用コストが120万円に ・店長のワンオペ時間が月80時間増加(時給換算で月18万円の機会損失)
表面的な人件費は抑えられているが、売上機会の損失と隠れたコストで、実質的な利益は大幅に圧迫されていた。
本当の「適正な人件費率」を見極める3つの視点
適正な人件費率は、業態と立地によって大きく異なる。一律30%という数字にとらわれると、この居酒屋のような罠にはまってしまう。
視点1:時間帯別の売上効率を分析する
人件費を全体で30%に抑えるのではなく、時間帯別の生産性を見極めることが重要だ。
ある焼肉店(22席)では、ランチタイムは人件費率40%でも客単価2,800円で利益が出る。一方、ディナータイムは人件費率25%でも客単価4,200円なので十分な利益を確保できる。
時間帯ごとの最適配置を決めることで、全体の人件費率は32%になったが、営業利益率は6%から10%に改善したという。
視点2:機会損失を含めた真のコストを計算する
人を減らすことで生まれる機会損失も「コスト」として計算する必要がある。
都内のイタリアン(28席)で分析したところ、金曜日の夜にホールスタッフを1名減らすと、確かに人件費は1万円浮く。しかし注文の取りこぼしと回転率の低下で、売上が2.8万円減少していた。
「人件費1万円削減、売上2.8万円減少」では、差し引き1.8万円のマイナス。人を減らしたほうが赤字になる計算だ。
視点3:スタッフの疲弊度を数値化する
人件費を削りすぎると、残ったスタッフに負担が集中し、離職率上昇というさらなるコスト増を招く。
あるカフェ(12席)では、人件費率を35%→28%に下げた翌月から、バイトの離職率が月15%→40%に跳ね上がった。新人研修コストと採用コストを計算すると、人件費削減で浮いた月8万円を大きく上回る月15万円のコストが発生していた。
今週から試せる「真の利益最大化」アプローチ
人件費率30%という数字にとらわれず、利益を最大化するための実践的なアプローチを紹介する。
ステップ1:時間別売上効率を測定する
まず1週間、時間帯ごとの「1人当たり売上」を記録してみる。計算式は「その時間の売上÷配置人数」。
この数字が低い時間帯は人員過多、高すぎる時間帯(目安として1人当たり時給の4倍を超える時間)は人員不足の可能性がある。
ステップ2:機会損失を見える化する
忙しい時間帯に「取れなかった注文」「待たせてしまったお客様の数」を1週間カウントする。1組当たりの平均客単価を掛け算すれば、機会損失額が計算できる。
この機会損失額が、追加人員の人件費を上回る場合は、人を増やしたほうが利益は大きくなる。
ステップ3:スタッフの「疲弊指標」をチェックする
以下の兆候が2つ以上当てはまる場合は、人件費削減のしすぎかもしれない。
・閉店後の片付けが以前より30分以上長くなった ・スタッフから「きつい」「疲れた」という言葉を聞く頻度が増えた ・新人が1ヶ月以内に辞めるケースが月1回以上ある ・店長が現場に入る時間が週20時間を超えている
これらの兆候が見えたら、短期的な人件費増加を恐れず、適正な人員配置に戻すことを検討したい。長期的には、むしろ利益改善につながる可能性が高い。
冒頭で紹介した老舗居酒屋は、このアプローチで人件費率を30%から34%に上げた結果、営業利益率が3%から9%に改善したという。表面的な数字にとらわれず、本当の利益を追求する経営判断が求められている。