飲食店経営ラボ

飲食店のM&Aで後悔しないために。売却を考える前に整理すべき3つのこと

「その後」を考えない売却は必ず破談する

都内でイタリアンを3店舗経営していたある店長から聞いた話です。

コロナ禍で売上が半分になり、M&Aでの売却を決意。買い手も見つかり、条件交渉も順調に進んだそうです。ところが、最終段階で破談になった。理由は「あなたは売却後、何をするつもりですか?」という質問に答えられなかったから。

飲食店のM&A専門家によると、こうした「順調だったのに破談」は珍しくないそうです。経営者の多くは「店を手放すこと」ばかり考えて、「その後の自分」を真剣に考えていない。それが見抜かれた瞬間、取引は終わる。

M&Aは単なる売却ではありません。これまで築いてきた店舗、スタッフ、常連客を次の経営者に託す重要な経営判断。後悔しないためには、売却を考える前に整理すべきことがある。

なぜ飲食店のM&Aは破談率が高いのか

飲食店・宿泊業の廃業率が最も高い業界だからこそ、M&Aへの関心も高まっています。しかし、実際に成約に至るケースは決して多くない。

あるM&A仲介会社の話では、飲食店案件の約6割が途中で破談になるそうです。その理由は大きく3つ。

まず、売り手の準備不足。帳簿の整理ができていない、従業員への説明が曖昧、設備の状況が不透明など、買い手が判断できる材料が揃っていない。「とりあえず売りたい」という状態では、買い手の信頼を得られません。

次に、現実的でない売却希望価格。「この立地なら○千万円はするはず」「これまでの苦労を考えると…」という感情的な価格設定は、ほぼ確実に破談につながります。

そして最も重要なのが、経営者自身の「その後」が不明確なこと。売却後に何をするか、どう生きていくかが見えない経営者に、大切な店舗を任せたいと思う買い手はいません。

冒頭の店長も、結局この3つ目でつまずいた。「疲れたから売りたい」では、プロの買い手は納得しないのです。

売却前に整理すべき3つのポイント

では、後悔しないM&Aのために、何を準備すべきか。M&A専門家の知見をもとに、3つのポイントを整理してみます。

1. 財務・運営状況の見える化

まず徹底的にやるべきは、数字の整理です。最低でも過去3年分の売上、原価、人件費、固定費を月次で把握する。特にFLコスト(原材料費+人件費)が売上の60%を超えている場合、改善余地として評価される可能性があります。

ただし、粉飾は絶対にNG。買い手は必ずプロの目で精査します。「少し盛っておこう」という甘い考えは、信頼失墜と破談に直結する。

設備の状況も重要です。厨房機器の購入時期、メンテナンス履歴、リース契約の残債など、すべて書面で整理しておく。曖昧な部分があると、買い手は「隠しているのでは」と疑います。

2. スタッフ・常連客への影響を最小化する仕組み

優秀なスタッフがいる店舗は、M&Aでも高く評価されます。逆に、売却と同時にスタッフが大量離職するリスクがある店舗は敬遠される。

大切なのは、売却後もスタッフが安心して働ける環境を買い手と一緒に設計すること。急に「来月から経営者が変わります」と発表するのではなく、段階的に新体制に移行する計画を立てる。

常連客への配慮も同様です。ある焼肉店では、M&A後も店名・メニュー・スタッフを維持し、常連客に気づかれることなく経営移管を完了したそうです。こうした配慮ができる売り手は、買い手からの信頼も厚い。

3. 自分自身の「次のステップ」を明確化

最も重要なのが、これ。売却後に何をするか、どんな人生を歩みたいかを具体的に描くことです。

「疲れたから休みたい」「借金を返したい」だけでは不十分。なぜなら、それは「逃げ」の姿勢だから。買い手が知りたいのは、「この人は責任を持って引き継ぎをしてくれるか」「売却後も業界の発展に貢献してくれるか」ということ。

例えば「新しい業態にチャレンジしたい」「コンサルタントとして業界に恩返ししたい」「家族との時間を大切にしながら、別の仕事で社会貢献したい」など、前向きなビジョンを語れる経営者は魅力的です。

M&Aは終わりではなく、新しいスタートのはず。そのスタートラインが見えない経営者とは、誰も取引したくないのです。

今週やるべき1つのこと:「売却理由」を紙に書く

もしM&Aを少しでも考えているなら、まず「なぜ売却したいのか」を紙に書いてみてください。

「疲れた」「儲からない」「将来が不安」だけで終わっていませんか?その先に、どんな未来を描いているか。売却によって何を実現したいか。5年後、10年後の自分はどうありたいか。

これが明確に書けない状態では、M&Aは成功しません。逆に、ここがしっかりしていれば、買い手との交渉も前向きに進められます。

A4用紙1枚でいいので、「売却理由とその後のビジョン」を文字にしてみる。それが、後悔しないM&Aへの第一歩になるはずです。

実際、冒頭の店長も後日「自分の将来を整理してから再挑戦したい」と話していました。M&Aは準備が8割。焦らず、しっかりと土台を固めることが成功の鍵だと思います。